自分にできないことがあるとするなら、きっとそれはできなくてもいいことなのだ。
当たり前のようにいつもそこいるが当たり前のようになってしまったのはいつからだったか。この前だったか、ずっと前だったか、それとも初めから?

考えるようにはできていない脳ミソをフル回転させてもなお、答なんて出てはこない。答なんてモンは、さいしょっからないのかもしれないと思うと俺は妙にナットクした。











まあ、かわいいかな。
そんな風に感想を、きっと俺は初めてのことを知ったときに思ったに違いない。女子っぽいは明るいというよりしおらしく、元気というよりシトヤカで、スゲーかわいいというよりはやはり、まあ、かわいいかな。そんなモンで。本人にいったらシツレーだってことくらい俺にだってわかった。
だから余計になんで俺はとこうして一緒にいるのか、いまだによく思い出せていなかった。無理やり理由をひとつ挙げてみるとなると、『タイミングがよかった』これがいちばんしっくりときた。ちょうど新しいクラスにもなじんだ頃だったし新人戦が終わった後で部活もひと段落ついてたし、ああ、あとは当時ハマっていたゲームを丁度全クリしたところだったし。
所詮はそんなものだ。

大切にしていないわけじゃない。大事にしない理由はない。ただ、好きかどうかなんてわからない。俺も、も。




「切原くんは寒いの得意?」

何の前触れもなく、がこんな質問をしてきた。寒い朝だった。もういくつも寝ないうちに12月になるのだ、そりゃ息も白くなる。口もとが半分マフラーに埋もれたのほっぺたは少し赤く、ガキみたいだと思った。
得意か得意でないか。どちらかと言えば得意でない。つうか、夏の方がダンゼン好きだからその通り答えると、はふわりと白い息を吐き出しながら「そうなんだ」と笑う。

「何だよ」
「うん?ううん、べつに、なにも」
も苦手だろ、寒いの」
「うん、でも好き」
「は、なんで」
「あったかいのが嬉しいから」

ときどきの言っていることがよくわからないのは、俺がバカなだけなんだろうか。
女子ってみんなこうなのか。今まで付き合った女がどういうやつだったか不思議と全く思い出せない。印象に残ってないのか、もともと興味がなかったのか。いや、べつにそんなはずない。いくら先輩に恵まれないからと言って、少なくとも俺はそんなにサイテーなヤツじゃないはずだ。幸村部長だって言ってたもんな、「あんまり構いすぎるのも良くないよ」とかなんとかって。あれ、これって花の話だっけ。

今は寒い話をしているのに、どうしてあったかいなんて言葉が出てくるのかさっぱりわからない俺は適当な相槌を打つのが精一杯だった。てか、寒いっつったのの方じゃん。
なんとなく、なんとなくだけどもしこの会話を丸井先輩や仁王先輩あたりに聞かれていたらまたくっだらねー冷やかしみたいなのされんだろう。
なんで、とか。どうして、とか。そーいうのって聞いてほしいモンなのかね、女子ってのは。よっくわかんねぇけどさ。今のでどうやって話広げんだって抗議の眼差しを乗せつつの表情をチラと窺ってみたが、そういうわけではないらしい。はと言えば、何を気にすることもなく、俺の反応に不満を漏らすわけもなく、鼻先までマフラーの中に埋めてスゲー寒がりのひとみたいな感じになっているだけだった。スゲー寒がりのひとって誰だよ。かよ。



なんで付き合ってんだろ。

いや、割とマジで。



「あ、そういえば昨日の帰りね、仁王先輩を見かけたんだけど」
「ふーん、どこで」
「大通りからコンビニの角をちょっと行った脇の裏道」
「はあ?どこだよ。てか何してんだか」
「うーん、猫可愛がってた」
「ヒマ人だな、ほんとアノヒトは」

チリチリと胸を掠めるような違和感を感じて、瞬間わざとらしいため息でごまかした。んだと思う。にバレることなんてあるわけないのに、なんとなくそうしてしまった。
ついこの間感じた、あの、うまく飲み込めない感覚。ストンと受け入れることができなくてもどかしいのはたぶん、のあの、いつもの女子っぽいにこにことした表情のせいだ。

「仁王先輩って、寒いの苦手なのかな」 「は?ニガテなんじゃね。暑いのもダメだけど」 「そうなんだ」

ふふ、と、柔らかく笑うの笑顔はいつものそれそのままなのに、やはりそれはストンと落ちてくれない。数学の授業は苦手だ。数字ばかりみていると眠たくなるし、足しても引いても割っても掛けても、そうしてはじき出した答はいつだってただの数字だからだ。答なんかじゃない。

イライラするのは、仁王先輩のせいかのせいか、それとも。



丸井先輩は素敵な人だとは言った。そりゃあ、自分の先輩のことに褒められんのは悪い気はしない。先輩の話をするときの笑い方だって嫌いじゃない。こんなことくらいで嫉妬すんのは小さいヤツのすることだ。それなのになぜ、自分の知らない自分の先輩の話をから聞いただけでイライラするかが不思議だった。嫉妬してるのか?仁王先輩に?たったこれだけのことで?こないだのことがまだ、うまく飲み込めないまま、外に吐き出せないまま、どこかに引っかかったままだから?

『おままごと』でないというのなら、今すぐ立ち止まって後ろを振り返ってみればいい。

はどこだ?











確かめるのが少しだけ、怖かった。
どうして付き合っているのかも思い出せないくせに、ムシのいいハナシだ。そんなに怖いなら今すぐ後ろを振り返って、確かめてみたらそれで終わりだ。それでこの手に何も残っていなかったらまた、前を向けばいいだけのことで。
イゾンっていうの、たぶん俺はしていない。誰かがいなくちゃ何かができないだとか、誰かがいるから何ができるだとか、そーいうのは弱いヤツの言うことだ。女よりテニスだとか、テニスより女だとか、どっちが大事とか。並べること自体がおかしいんじゃねーの。結局のところ彼女なんてモンはいてもいなくても変わらない。どんなに突っ走ったって届かない背中なんていくらでも前にあるのだから。

だから、怖いんだ。











「仁王先輩は、猫が好きなんだねえ」

機嫌が良さそうに笑うの話はまだ続きそうで、半ば遮るように「てかさ。ほんと、スゲー寒い」どうでもいい話にすり替えた。本当はもっと、仁王先輩が好きなんじゃなくて猫の方が近寄ってくるんじゃね、とか、アノヒト寒がりなくせによく外フラついてんだよな、とか。先輩の話だったらいくらでも広げられんのに、そうしたくない。
嬉しいはずなのに。楽しいはずなのに。

何事もなかったようにはうん、うん、とゆっくり首を縦に振りながら「ほんとにねえ」と笑う。笑う度にふわりと漂う白い息がの笑顔を隠しては消え、消えては隠した。


このままが消えたら。


ふと頭をよぎった、馬鹿馬鹿しくてくだらないタワゴトは、思い切り首を横に振ってもごくんと喉を鳴らしても消えてなくなることはなかった。いつまでも胸のあたりでつっかえているワダカマリのせいでどんどんが遠くなっていくような気がして慌てて小さな手を引くと、大きく見開いた目をこちらに向けたがすぐそこにいた。
条件反射に、握った手をぱっと解放するとどこか名残惜しそうにが一瞬目を伏せる。なんとなくばつが悪くて視線を外すと視界の端に困り顔のがいて、ちらちらとこちらを窺っている。べつに、がなんかしたとか悪いとかそういうんじゃなくて。ただ俺が、なんか、ずっともやもやしてんの馬鹿みてえだなって、カッコ悪いなって、そんだけだから。

伝わりきらないままで続く沈黙に耐えかねただろうが間をつなぎ合わせるような声をわざとらしく落とした。

「・・・あ」

そうだとわかっていながら知らんぷりを続ける俺はイガイとヤなヤツなのかもしれない。計算してるわけじゃない。ひねくれているわけでもない。怒ってるわけでも、試しているわけでも、ましてやの気持ちをムゲにしようとしているわけでもない。

「・・・えっと、切原くん」
「・・・なんだよ」
「寒いね」
「・・・ああ」
「寒いから」
「寒いから?」
「あ、ううん、寒くなくても」

なんだよもう。ワケわかんねえ。ほんと、何もわかってない。俺を見上げるの目が妙にきらきら輝いているように思えて、マフラーに半分埋もれた白いはずの頬が今は赤く、俺に何か言いたげな様子なのは明らかで、けれどそれが何を示しているのかはさっぱりわからない俺はジッとを見つめ返すことしかできず、そうしているとだんだんとイライラしてくるので結局俺はそっぽを向くことになる。

といてもドキドキなんてしないのだ。テニスはすげー好きなのに。彼女といたって、といたって、手を繋いだって、一緒にいたって、ただほっとするだけだ。

「繋いでいたいな、手」

結局のところ彼女なんてモンはいてもいなくても変わらない。それなのにどうしても彼女のこの小さくて冷たい左手だけは離したくない。



あ、これか。俺にしかできないことってやつ。



(ぼくにもできますか / 切原赤也)



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