丸井先輩に彼女が出来た。紆余曲折ありそのたびにマックでべらべらと愚痴っていた丸井先輩がようやくだらしのない笑顔を見せてくれることになったのは非常に喜ばしいことであると同時に全然喜ばしくなんかねぇよ人ののろけ何か聞いてもなんも楽しくないっすよと素直に言ったら思い切り椅子の足を蹴飛ばされた。

「お前に俺の何がわかるわけ?」
「どこをわかったらいんすか、全然わけわかんねーっすよ」
「だーかーら、年下のお前に彼女がいて俺にいなかったその複雑な先輩後輩事情わかる?」
「フクザツもなにも6人目の彼女でしょ」
「うっせーな、気分は1人目なんだよ」

そう言うがはやいかまただらしのない笑顔を見せる。「初恋なの」と可愛らしく言ったところで相手は俺だし全然かわいいとは思えない。「かわいくねー」思わず素直に言うと再び蹴られた。隣りに座っていた女子高生が不穏な顔つきになる。大丈夫、いじめられてるわけじゃないんすよ、いじめられてるけど。
ちなみに丸井先輩の「初恋なの」を聞くのはこれで6回目であるので、まったく信用ならない。ときどきこうやって純愛ごっこに夢中になるのだ、この先輩は。きっとそういう映画でも観てきたに違いない。俺にはわけがわからないやつだ。センサイでセツナクて、それがどーしたって?

「どーせまた興味なくなるんでしょ。やっぱ女よりテニスだろぃっつって」
「お前おめでとうございますより先にそれなわけ?」
「そのおめでとうがどこまで続くんだかっつー話っすよ」
「はー、かわいくねー後輩」

先輩はつまらなさそうに頬杖をついて二つ目になるハンバーガーにかぶりつく。俺はコーラを一気に飲んで、強すぎる炭酸に一度目を瞑ってから、もう一度先輩を見た。別段気にした様子がないあたり、やっぱこの人は丸井先輩なのだろう。

「今度の子はちげーの。チビたちがすげー懐いててさ」
「は?」
「やっぱそーいうの、うれしいじゃん。兄としてはさ」

行儀悪く頬杖をついたまま咀嚼をしていた先輩は、それでも嬉しそうに目を細めた。俺は少し驚いて、つられて食べていたポテトを、ごくんと一気に飲み込んだ。










「丸井先輩は素敵な人だねえ」

その話を聞いたは、猫のようにゆるやかに笑った。がこういう笑い方をするときは大抵機嫌の良いときだ。付き合って三ヶ月、最近ようやくそれに気が付いた。オレンジジュースの入ったコップを丁寧に持ち、ストローをつまんで、少しずつ飲む。その飲み方が女子そのもので、俺は思わず姿勢を正す。は女子っぽい。マックなんかに連れてきて良いのだろうかと思うほどに女子っぽいが、他に行くところと行ったらゲーセンくらいしかないもので、女子っぽいをそんな場所に連れて行ったところで、つまらない思いをさせてしまうのは目に見えている。目に見えているというか、ゼンカアリというか。

「は、今の何がステキ?全然わかんねー」
「何だろう、うまく説明できないけど。でも素敵だよ」
「ふーん」

その女子っぽいと、付き合って三ヶ月。三ヶ月経ったところで、俺はまだと付き合っている自覚はない。手は繋いでみたけど思ってたよりドキドキしなかったし、そのほかはしたことないけどやっぱそんなにドキドキしないんだろう。は女子っぽいのに、一緒にいると友達と遊んでいる感覚に近くなる。だからが他の男を素敵だと言っていても、俺は特別なにも感じなかった。
まわりには、絶対嫉妬深そうだとか、いちいちキョドーフシンになりそうだとか、失礼なことばっか言われたけど、実際彼女が出来てみると、こんなもんだった。何でと付き合っているのかは、いまいち思い出せない。そのときちょうど丸井先輩が4人目の彼女と別れたから、そういう雰囲気にのまれていたのかも知れなかった。

「切原くんは結構丸井先輩と仲が良いんだね」
「別に、フツーだけど」
「そう?仲良しだよ。ちょっと意外」
「は?」
「丸井先輩って桑原先輩といつも一緒にいるイメージだから。やっぱりお兄さんだから、面倒見いいのかな」
「んー・・・さあ。知らね」

空になった包み紙を丸めていると、はちょっと笑いながら自分が食べていたアップルパイを差し出してくれる。そのまま一口食べると、ぼろぼろとパイの破片がの白い手に落ちた。


悲しきかな先輩に恵まれないため、『彼女は大事にしなさい』というガイネンが俺にはないらしい。真田副部長みてーに堅苦しかったら彼女なんて一生かかってもできねーし、柳先輩みてーにいろいろ考えてても彼女なんてできねーし。ジャッカル先輩は優しすぎだし。身近な彼女持ちの先輩たちは揃ってろくでもない恋愛しかしてねーし。

――しょーがねーじゃん、だってテニスのが好きだし。

いつだったか丸井先輩が当時の彼女にズバっと言っている現場に遭遇したことがある。
丸井先輩は最低だし相手の先輩は泣いていたけど、その言葉はストンと俺の中に落ちた。そりゃ、そーだ。だってテニスのが好きだし。じゃあ、しょーがねーじゃん。俺たちはそういうものだし、そういうために毎日汗だくになってボールを追っかけている。じゃあ、しょーがねーじゃん。
彼女のことはよくわかんねーけど、テニスはすげー好き。










日が随分と短くなり、葉も落ち切った冬の初め。丸井先輩は例の彼女と三ヶ月続いており、いつの間にやら俺とは半年一緒にいることになっていた。丸井先輩は相変わらず幸せそうに純愛ごっこに勤しんでおり、俺は相変わらずよく分からないまま女子っぽいと一緒にいる。

「だーかーら、別れてねーって」
「丸井先輩がそのテンション三ヶ月も続いてんの、珍しいっすね」
「明日は雨かのう。朝練無いとええの」

はべらべら好き勝手に喋る俺たちの様子をみて、くすくすと小さく笑っている。水筒に暖かいお茶をいれて来たのか、彼女が両手で持っているカップからはほかほかと湯気がたちあがっていた。ジッと見ていると、あたらしいものをくれる。一口。うまい。

「赤也のそのおままごともいつまで続くんかのう」
「お前本人前にしてそれ言うの?」

上機嫌な丸井先輩がゲラゲラと笑って、それを聞いてもまだはくすくす小さく笑って聞いているだけだ。「切原くんの先輩っておもしろくていいなあ」と、猫のように目を細めている。俺はといえば、仁王先輩がさらっと言った『おままごと』という単語が突っかかって、暖かいお茶をもう一杯もらって流し込んでみても、やっぱりそれはストンと落ちることは無かった。魚を食べるのは苦手だ。いつも小骨が刺さって、イライラとするのだ。


ろくでもない先輩代表であった丸井先輩がすっかり腑抜け手以来、何かと影響を受けやすい俺は、ときどき立ち止まるようになった。それから、考えてみる。考えることは、全然得意じゃねーけど。
もし、もし振り返った先に、がいなかったらどうしようか。もしも俺だけが一人で突っ走って、丸井先輩を馬鹿にしているうちに丸井先輩はいつのまにか落ち着いて、でも俺は相変わらず突っ走るだけで、それでもし、振り返った先に、がいなかったら。

考えるだけでゾッとして、俺は未だに振り返れないままだ。
俺はが好きなんだろうか。
は?


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