「俺な、誕生日やろ、昨日」 え、知らないけど。 CASE1.Believe you 4月11日(木)晴れのちくもり 日直:白石、(担当) 欠席:山田 遅刻:なし 前の席の山田くんが欠席だったため、くり上げて日直になり、大変だった。木曜は科学の実験があるのでなるべく日直にはなりたくなかった。忍足くんがビーカーを一つ割ったけど、それ以外は何事もなかった。白石くんは黒板けしとゴミすてと機材の準備をやって、私は日誌をかきました。三年になってまだ一週間たっていないけど、新しい友達もできて、まいにち楽しい。 でも、来週も日直かと思うと、めんどうだ。早く山田くんのかぜがなおればいいのに。 部活を通して知り合った友人の学校では、一日交代制の日直だと言う。今時一週間も同じ日直当番だなんて流行るわけがない。シャーペンを筆箱の中に突っ込み日誌を閉じ、すっかり固まった体を思い切り伸ばした。 日誌の一番下には『ボケて』という欄があるが、一年の頃から一度も記入したことが無い。一年の担任も二年の担任も、「って、書けや!」というお決まりの赤ペンしかくれなかったので、それもつまらなく思っていた。 男テニと女テニは思いのほか交流が薄い。彼が部長で私が補欠にすらなれない実質的な幽霊部員だからかもしれないけれど。皆勤賞の幽霊部員だ。 そういうわけで、今日の日直の相手である白石蔵ノ介とは、三年になるまでまるで接点がなかった。会話したことも無い。進級してすぐにあった席替えで、席替えの進行を勤めてくれたのが白石くんであり、そうしてその白石くんの隣になったのが、私だった、それだけだ。 「ええよ」と言って席替えのくじ箱を持ちクラスに声を掛け、「ええよ」と言って前の席の子の日直代わりを勤め、「ええよ」と言ってほとんどの日直仕事をしてくれた。人気があるのは知っていたが、綺麗な顔だけがその理由ではないと知った。 「、終わった?」 両手を頭上に伸ばしたままぼんやりしていると、教室の前の扉が開き、友人がひょっこりと顔を出した。「うん」その体勢のまま頷くと、彼女はちょっと笑って、 「先生が呼んでるよ。今日はみんなで試合するから、出られるならはやくって」 「行くよ、皆勤賞だもん」 「だよね」 「日誌出してから行くね、先行ってて」 慌てて荷物を整理しながら言えば、友人は首を横に振り「待ってる」と言ってくれる。嬉しくなってちょっと笑って、まだほとんどカバンからノートや筆箱が飛び出ている状態のまま、振り回すようにして肩に引っ掛けた。久しぶりの試合だ。わくわくする。 「そういえば白石がね」 「うん?」 「日誌任せちゃってよかったかなって、心配してたよ」 「えー、なにそれ」 他のことは全部自分がやってくれたくせに。私が申し訳なさを感じないように日誌の仕事を与えてくれたのに、いまさらそんなことを言う。変なの。私が気が付くよりもはやく黒板を消して、私が言うよりも早くゴミ捨てをして、私が準備するよりも早く機材を取りに行った白石くんは、ちょっと隙が無さすぎるくらいに完璧だ。 完璧すぎて、せっかく日直当番がまわってきたというのに、以前と同じく彼とはほとんど会話が出来なかった。もっと社交的なイメージがあったのに。 というか、彼女は白石くんと交流があったのか。男テニと女テニは交流が薄いと思っていたけれど、どうやら私が例外らしい。そりゃあ、コートの端っこで素振りしかしていない幽霊部員ではあるけれど。部長と部長という組み合わせは、良いなあ。それは話も弾むだろう。 「もしかして仕事できないって思われてる?私が部長だったら、信じてもらえるのに」 「えー、なにそれ」 CASE2.trust you 4月12日(金)雨 日直:白石(担当)、 欠席:山田 遅刻: 山田くんが二日連続の欠席。理由を聞いたところただの風邪らしいが、病院には行っていない様子なので早く行って貰いたい。明日には見舞いに行こうと思う。 本来なら一週間の日直期間が二日も早まってしまい、さんには申し訳なかった。今朝は珍しく遅刻していたので、昨日無理に日直をさせたせいかもしれない。 忍足くんが帰りのHR時すでにユニフォームに着替えようとしたためHRの時間が延びた。 すみませんでした、部活に行ったら注意しておきます。 ボケて:隣りの家に囲いが出来たんだってね 「へえ、かっこいい」 思わず呟くと、黙々と日誌に向かっていた綺麗な顔がこちらを見た。今日も日直の仕事をほぼ全て「ええよ」の一言でやってしまった上、日誌まで書き始めてしまったので、せめて先生のところまでは私が届けるという大義名分で持って彼の様子を伺っていたのだ。 「あ、わかってくれたん?」 「白石くんってそういうこと言うんだね、何かもっと・・・」 「もっと?」 「独創性があるのかと思ってた」 「昨日、さんスタンダードなボケしたやろ、天丼や、天丼」 「スタンダードの」 白石くんはその綺麗な顔を誇らしそうなつくりにしたけれど、私には何がおもしろいのかさっぱり分からなかった。校長のギャグの方がまだ笑える気がする。 「っていうか、ほんとに、日誌まで書いてくれなくてよかったんだよ」 「日直代わる、て言ったの、俺やしな」 それでもなあ、と思っても、白石くんはそれ以上会話を続けさせてくれなかった。うし、と言ってパタンと日誌を閉じ、その上にメモ帳をちょんと乗せ、こちらに渡してくれる。見覚えのあるメモ帳に首を捻って居ると、朝落ちてたと返って来た。大方昨日慌てすぎて、落としてしまったのだろう。よく私のものだと気が付いたなあ。 どこかぎこちなく「ありがとう」と返せば、「開けへんの?」と言われたが、わざわざここでメモ帳を開ける必要もなく、とにかく今日を無事に終えたい一心で、「うん」と大きく頷いた。 遅刻の理由は三つあった。 一つ目は、いつも使っている自転車が壊れてしまったことだ。昨日の帰り道、無理矢理に砂利道の上を走ったせいで、空気が抜けてしまったらしい。生憎我が家には空気入れがない。 二つ目は、昨日捻った足が痛かったからだ。自転車も壊れた上通常通りに歩けないとなれば遅刻してしまうのは仕方がない。 三つ目は、きちんと眠れなかったことが原因の、単なる寝坊だ。 なぜそんな砂利道を走らなければならなかったのか足を捻らなければならなかったのか寝坊しなければならなかったのかと言えば、元を正せば全て白石くんのせいである。 昨日日誌を届けたあと、友人と部活に戻り久しぶりの練習試合を楽しんでいた。何ゲームかをこなし、次の試合までの空き時間に、水道まで手を洗いに行ったところ、ちょうど白石くんと鉢合わせた。なるほど、男テニと女テニはこういう場所で普段交流を持っているらしい。 「日誌、おおきに」 水道で水を飲んでいた白石くんは、顔を上げタオルで口元を抑えながら、目だけで綺麗な笑みを作って言った。「他のこと全部、おおきに」と私は言った。皮肉のつもりではなかったのにそういうニュアンスになってしまい、少し反省した。さんにはのびのび生活してもらいたいというようなことを白石くんが言い、私は何が何だか分からないまま、そうかと頷いた。 白石くんと私には接点が無く、これと言った会話もしたことが無い。それなので、水道の前で二人の間に若干の沈黙が流れたとき、私は気まずいと思ったし、そのすぐ後白石くんが発した「好き」という単語の意味も、いまいち理解できなかった。 そうだ。言われてしまったのだ。 「俺と付き合ってください」 動転して、踵を返して逃げ出して、数歩も行かないうちに足を捻って転んだ。バッチリ目撃していた白石くんが送ると言った。自転車を貸した。道中もう一度「好き」だと言った。動転した。動転して、白石くんを突き飛ばして、自転車に乗って、無理矢理違う道から帰った。碌に舗装されていない道で、お尻と足がひどく傷んだ。胸のあたりも同時に痛んだ。 自転車に二人で乗っていたとき、信じてないのかと白石くんは言った。テニス部の部長で、頭が良くて、気配り上手で、顔が綺麗で、女の子に人気がある白石くんが「好き」だと言った。部活の皆勤賞くらいしか取り柄のない私を。そんな、ろくに接点のない女に、突然告白するような人には見えないのに。 信じるほうが難しいのだ、そんなこと。 CASE3.and forget all thing それなので私は、すべてを忘れることにした。 |